2005年7月24日 (日)

山口「折り返しまして…」

折り返しまして思うことは、「公開できて本当に良かった」ということです。

たくさんの人に観て頂けて、いろんな感想やご意見などを直接聞けたり、アンケートに書いてくれたり、そうじゃない方達も、アートンの階段を何とも言えない表情で下りてくる方達の様子を眺めていると、「公開できて本当に良かった」と思います。

山下敦弘監督、篠原哲雄監督、清水崇監督に映画を観てもらえたり、それについて一緒に話ができたり、それを見て、お客さんが笑ってたりすると「公開できて本当に良かった」と思います。

岩本さん、金子さんはじめ、受付係の方、映写係の方達が、毎日伺う僕たちに嫌な顔一つせず、笑顔で挨拶してくれたり、客数が少ないときには慰めてくれたり、映画のいたらぬ箇所をフォローしてくれたり、ムキになってくれたり、褒めてくれたり、深読みしてくれたり、劇場の雰囲気が良いと言われたり、一緒に喜んでくれたり、蚊取り線香持って来てくれたりすると「この劇場で、公開できて本当に良かった」と思います。

紆余曲折の編集段階を見ているスタッフが今までで一番良いって言ってくれたり、一人で何人もの客を連れて来てくれるスタッフがいたり、この映画が良いと言ってくれるキャストがいたり、何度も足を運んでくれるキャストやスタッフがいたり、客数で一喜一憂するスタッフがいたり、「問題は数じゃなくて、どれだけお客さんに思いが届くかだ」と言うスタッフがいたりすると「公開できて本当に良かったけど、まだ終わった訳ではないので、残り6日間もみなさん観に来てください!!」と思います。

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2005年7月 2日 (土)

平林「チラシといえば」

はい、宣伝担当の中村が参戦いたしました。そういえば、チラシです。HPで映画の名前で検索していると、チラシを売っているページにあたります。売ってるんです、この映画も。なんで勝手に・・・、などと思いますが、ちょっと嬉しかったりします。しかも自分が学生時代にパンフレットや、古いチラシを求めて古本屋を巡っていたことを考えると納得しちゃったりもします。まあ50円という値段をつけられたのは複雑な気分ですけど。

そしてチラシといえばもう一つエピソードが。そもそも映画のチラシは、映画館を中心におかれていて、それ以外の部分は時期をずらして、我々スタッフがデリバリーをするのです。つまり、喫茶店や書店、CDショップなど、映画に興味を持ってくれそうな人が多く集まる場所に、直接もっていくというわけ。ところが今回、まだデリバリーをしていない時期に、吉祥寺のカレー屋さんにおいてあるとの情報が入りました。まあ、スタッフ・キャストはすでにチラシをもっていますから、ついでにおいたのでしょう。とはいえ気になるのでリサーチしました。しかしですよ!なんと、誰も持っていっていないと判明したんです。むむむ、謎は深まるばかり。そこで思い切ってそのお店に行ってきました。店員さんにそのときの状況をきくと、『小柄な女性、ショートカット、最近ギターをはじめたばかりでギターを持参、関西弁』とのこと。ん~、まったく思い当たらない・・・。関西出身の、キャストのファンが映画館でチラシをどっさりもって、宣伝してくれているのか!はたまた、スタッフのお母さんが、息子ががんばったからとギター持参で、配り歩いているのか!誰だ、誰なんだー!という訳でして、この場を借りて、この方を募集します。「あ、それ私」という方はご連絡ください。その方に映画のポスターとチケット2枚をプレゼントします。そして、「あらら、それ私の友達。」という方はチクリ賞として、チケット1枚をプレゼント。「違うけど、俺だったら嘘をつきとおせる」という方には模倣犯賞としてポスターをプレゼントします。ご応募まってまーす。

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2005年7月 1日 (金)

中村「チラシ」

宣伝の中村です。
今日から登場する事が突然決まりました~。
よろしくお願いします。

気がつけばもう7月。早い。早い。早い。
監督もプロデューサーもこの作品に携わったすべての人々が
公開を控えてドキドキしてる時期です。
みんなが楽しめる軽~いブログにしていきたいなと思ってます。

今日のタイトルは「チラシ」。
みなさん、「ユニットバスシンドローム」のチラシいかがですか?
私は大好きです。
フジモトが静かに天井を見上げて、それを見守るようにシノハラが
優しく彼を取り囲んでいる。
この作品の雰囲気がすごく伝わるいいデザインだな~と思うんです。
ひいき目ですかね。

まだ作品を見てない方が素敵だなと思ってくれたらすごくうれしいです。
そしてこの作品を見た後、ぜひもう一度チラシを眺めて見てください。
そこでまた素敵なチラシだな~と思っていただけたらうれしさ倍増です。

見に行く映画ってチラシに左右されることがあるんですよね、私は。
チラシの持つ力ってホント大きいな~。

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2005年6月27日 (月)

平林「交渉人 古山憲太郎」

今日は、七里圭監督作品「眠り姫」という映画でご一緒した、作曲家・侘美秀俊さんと打ち合わせ。「眠り姫」が終わったら一緒に観にいこうと約束していたので、仕事の前に、「交渉人 真下正義」をみました。いやあ、おもしろかった。ぼくは仕事で、いわゆる交渉をすることが多いということもあり、ユースケサンタマリアに共感しちゃったなあ。なんて。実はこの映画、「ユニットバス・シンドローム」にも出演している古山憲太郎さんもでているのです。かなりいい役ででまくっていました。ユースケサンタマリアの交渉人チームの一員です。やはり彼は真面目な実直の役を演じるとキラリと光ります。まあ、彼が出演したすべての映画が、日本映画の規模のほぼ最小とほぼ最大のこの2本だというのをご本人に聞いた時はのけぞりましたが。 映画は意外にもクラシック音楽がネタになっていまして。そうなると当然、作曲家の侘美さんはだまっちゃいません!→ http://www.linkclub.or.jp/~takumi/

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2005年6月24日 (金)

平林「勝俣幸子誕生日」

という訳でして、本日、主演の勝俣幸子さん23歳の誕生日です。わーい。先日、勝俣さんから、やっとこの映画の主人公と同じ年齢になるんです、といわれました。とっても感慨深いです。だって、出会った頃はまだ20才だったんですから。

主演女優のオーディションをしたのは2002年。とはいえ、山口監督と私の頭の中には具体的なビジュアルをイメージできず、いったいどんな人にすればいいのか、まったく見当がつきませんでした。しかし、プロデューサーとして、少し知名度がある方で決めたいと内容とは別の部分での思惑はもっていました。

そして、オーディションがはじまり、勝俣さんが会場に入ってきました。まさにそこには、主人公のシノハラがいたのです。透き通るような透明感、女優としての華はもちろん、おばけとしての微妙な存在感もピッタリ。唯一、気になった所は事務所に入ってのはじめてのオーディションだったということ。つまり、全く知名度がないという点でした。しかし、監督の一言で迷いは吹き飛びます。「ぼくは、勝俣さんでいきたい」

結果からいうと、オーディションのときの格好で出演してもらいましたし、すべてにおいて彼女しか考えられませんでした。それどころか、私たちと彼女は、この映画がはじめての経験ばかり。今では一緒に戦った戦友という気持ちです。その後、話題の映画、CM、プロモーションビデオと活躍の場を広げているのは嬉しい限り。そんな彼女が23年前の今日、産まれたんですから。今日はホントにめでたいです。おめでとう!

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2005年6月21日 (火)

山口「公開まで」…1

公開まであと25日。 中野ゼロで完成披露試写会を行ってからどれぐらい経っただろう、と思いながらもう一度、「ユニットバス…」を見直す。うーん…。先日、劇場の支配人にこう聞かれた「みなさんに観てほしいところはどこですか?」僕は即答できず。監督がこれでは…と軽く自己嫌悪。完成から時間が経ったからではなく、こういうことにうまく答えるのは苦手だ。 「観てほしいところ」 全部観てほしいし、それで何かを感じてもらえたらうれしい…でもこれじゃ、ダメなのかも。もっと具体的に。多分、この本を書き始めたきっかけがそれだ!と思い、過去のノートをみる。撮影を担当した「スモウな彼女」の字コンテや結局、撮影しなかった映画「うさぎのとき」の改稿案やらの間に「ユニットバス…」の原点発見。 いつもの汚い字…「サプライズ」…初めのタイトルはこれだった。次に「部屋のユニットバスの天井にいる幽霊の男」…勝俣幸子さんが演じてくれた幽霊は初めは男だった。次にはこう書かれていた「彼は自ら命を絶ったこと(交通事故で死ぬこと)を別に良いと強がっている。人はどうせ死ぬんだ。」 多くの人もそうであるように「死ぬ」とうことにやはり何かあるらしい。初めて脚本を書き、監督をした短編映画「きれいにするとこからはじめよう。」もそうだ。 その後メモは「家族」「一人暮らしの理由」「田舎の実家」「ビックリパーティ」「彼女」「誕生日に死ぬ」等とつづく。 「観てほしいところ」は、多分そういうところだと思います。

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2005年6月20日 (月)

平林「山中崇と岡本太郎」

この映画の撮影は、ぼくの絵描きの叔母さんがアトリエとして使っているマンションの一室を使用しました。芸術家の岡本太郎を敬愛してやまない山中君は、本棚にズラリと並ぶ岡本太郎関連の本にくいつき、「岡本太郎好きなんですか?」「好きも何も先生のとこで働いていたから。」「なんですって!!!」

という訳で2年前に叔母に連れられて、ぼくと山中君は青山にある岡本太郎美術館へ。生前の住居を美術館に改装したもので、すごいの一言。特別に入れてもらったアトリエスペースはもう言葉にできません。だって、作品やら道具やらそのまま残ってるんですから。そして念願の奥様(というのは正しくないかもしれません。結婚という形ではなく、戸籍上は養女としていらっしゃるようなので。)の岡本敏子さんにお会いしました。なんといったらよいのでしょう、岡本太郎さんと話している感覚。となりにいるかのようにお話される姿は二人で一人なんだとしか思えなかった。「じゃあどんな話をしましょうか。」「あまりに会いたいと思っていたので何を話したいかまで考えていませんでした・・・」「そうね、会えたらそれでいいわね。ふふふ。」

そして、一昨日。数週間前に亡くなった敏子さんは葬儀を行わないということで「岡本敏子と語る会」に山中くんと出席しました。その帰り道、「いつも持ち歩いている」と手帳から何かをとりだす山中くん。それは敏子さんとぼくらが並んだ写真。きっと山中君にとって大切な出会いだったんだろうなあ。だってメチャクチャいい顔してるんですから。

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2005年6月18日 (土)

平林「マスコミ試写」

映画を公開するときに、新聞、雑誌などマスコミの方や、映画ライターの方に映画を観てもらう試写会をマスコミ試写といいます。気に入ってくださった方に、記事にしてくださいと頼むものなのですが、この映画も、先日、3回行ないました。よく考えてみれば、まったくの他人の方に映画をみてもらうことって、ここが初めてなんですよね。もうフルチンをみられる気分。観おわった会場からでてくる表情をみては、気に入ってくれたのか、気に入らなかったのか考えてしまいます。しょっぱい顔でそそくさと帰られたときなんて、ショックなんてもんじゃありませんよ。ああ、この数年間はなんだったのか、なんてね。そんな中、あるライターさんからたった今、メールをいただきました。その方のHPに感想がアップされてるとのこと。実はそそくさと帰ってしまったのを見ていたものですから、ちょっと気が進みませんでした。ところが、そこにはなが~い感想が実に掘り下げて書いてあるじゃないですか。良かったとか、悪かったとかではなく、その中身について感じたこと、考えたことを書いてくれたのです。もう感激で言葉を失いました。他のハリウッド映画とかと同じように一本の映画として接してくれたのもうれしかったし、なにより映画ってそうやってみるんだよね、とあたりまえのことに気付かせてくれたんです。ああつくってよかった。だからやめられないんです、映画って。

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2005年6月16日 (木)

山口「魔の五日間」

撮影現場は基本楽しかったけど、撮影初日からの連続5日間の撮影だけは、キツかった。撮影の初日っていうのは、比較的楽な撮影から入りたいものなんだけど、あのときはそうもいかず。それに準備不足が重なって、撮影しては、その夜に次の日の打ち合わせ、撮影して打ち合わせ、撮影して打ち合わせ…が続いた。もちろんメインスタッフは家には帰らず、現場近くのデニーズで打ち合わせ、山口宅で仮眠をとった。が、ほとんど寝ていない。4日目だったか…その日はデニーズには行かず、山口宅で打ち合わせ。打ち合わせがはじまるやいなや、「多田=カレー好き=正悟カメラマン」が、就寝。ほとんど同時にあの「森元=タフネス=智典録音マン」までも、就寝。その頃、「平林=父ジャガいも=勉P」は、すでにかなりの寝不足で帰宅するも、途中我慢できず、自宅近くの道に車を止め、就寝。それが祟って、持病のヘルニア再発していたのだった。残るメインスタッフは「中澤=素=佑君助監督」ただ一人。みんな寝てる中、まつ毛の長い佑君は香盤表を作成。僕は明日の撮影シーンを確認しようとシナリオに一度目を落とし、再び佑君の長いまつ毛を確認しようと目をやると、その上下にある長いまつ毛は重なり合い、絡み合い、そのまつ毛達の根本に位置する、佑君のクッキリ二重まぶたはすっかり…それでいて、しっかりと閉じ、そのため佑君の少年のようなその瞳は100%見えなかったんだ…少なくとも僕には。そう、彼もまた就寝したのだ…熟睡である。しかし嬉しかったのは、その佑君の筋肉質の両腕には、書きかけの香盤表と鉛筆が握られていたのだ…しかも2本も。
それぐらい「死にそう」というか「眠かった」。
本当、関わってくれたみんなに感謝です。

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平林「山中くん」

そういえば、山口とぼくにとって主演の山中君の存在は大きいですね。山口の初映画の短編『きれいにするとこからはじめよう。』ででてもらったのが初めての出会い。知人の紹介で会って、現場で演技してもらったときは、その演技力にびっくりしました。うわあ、この人、天才だ、と。その後、彼の舞台を観にいって、またびっくり。こんなすごい人にでてもらったのか・・・。だから山口とユニットバス~をつくるときには、山中くんが有名になりだしてきたもんだから、早くつくらないと出てもらえなくなる!と、あせった記憶があります。だからOKもらったときはホッとしましたね。

さて、日記なので近況の方も。先日、中島哲也監督の最新作『嫌われ松子の一生』の現場に差し入れをもっていってきました。最近、少数精鋭の映画の現場と、宣伝などのデスクワークばかりで、いわゆる撮影現場!という環境から遠ざかっていたもので、とても刺激的でした。友人たちは死にそうな顔で仕事をしていましたよ。ユニットバス~の現場も死にそうだったなあ。山口君、どのくらい死にそうだったっけ?

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