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2006年3月31日 (金)

山口「引越し日和」

僕が茨城から上京して来た日は、晴れていた。上京といっても初めての一人暮らしは埼玉で、田舎者の僕にはちょうどいい都会具合だった。
一人暮らしに必要な電化製品の類いは田舎で購入し、白いハイエースで運んで持って来た。父と母が手伝ってくれた。赤いマウンテンバイクが気に入っていた。
住んだのはなんと5階建ての水色のマンションで、エレベーター付き。といっても僕が住んだのは一階でエレベーターに乗ったことはない。家賃は38000円。「ロマーヌ熊谷」か「マローヌ熊谷」だったかそんな名前で、人に住所を言うのがなんか嫌だった。
エアコン完備ではなく、クーラー完備だった。冬は石油ストーブで暖をとり、ガソリンスタンドから重いポリタンクを赤いマウンテンバイクに無理矢理乗せて運んだ。隣の部屋のブザーが激しく鳴ったと思ったら、ベランダから誰かが逃げ出した。部屋のすぐ前の道で交通事故が起こり、野次馬が集まっているのを、僕はドアの覗き穴から見ていた。真新しい家具に囲まれていたが、テーブルだけなくてしばらくはダンボールの上でご飯を食べた。あえて、そんなありがちな一人暮らしをして、楽しかった。別に寂しくはなかった。

その後何度か引っ越したが、寂しい引っ越しは一度だけある。
訳あって静岡へ。市内四番町のアパートの2階の角。アパートの名前は忘れてしまった。当時、時間がなくて、引っ越し先の部屋を実際に見ずに決めた。変な部屋だった。入ると、玄関-キッチン-トイレ-六畳部屋-風呂。一番奥に風呂があり、脱衣所的なものはなく、畳からダイレクトに風呂に入れた。
引越屋の到着時間がかなり遅れ、何もない部屋で荷物を待つ間、涙が出た。
引越屋が遅れるほどに、遠くへ来たんだと思った。関東地方ではない事、新幹線で来た事、静岡が以外と都会だった事、変な部屋だった事が悲しかった。
そして、極めつけは雨漏り。
すぐに、大家に電話した。大家はすぐに来てくれたが「今日は直せないから我慢してくれ」と言った。大家が帰った後、また涙が出た。
引越屋が到着したとき、泣いた事がばれないようにするのが大変だった。
いい大人が引越先で泣いている。「引越元」で泣くならともかく、「引越先」で泣くのはいかがなものか。そんな引越ならしない方がいい。そんなスタートなら切らないでいい。
引越しするなら、晴々とした天気と気持ちの時にするのがいい。Photo

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