« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月31日 (土)

平林「走馬灯のように」

今日は友人たちとドライブ。天気もよく最高の気分だ。実はそこには、『眠り姫』(七里圭監督)で撮影をした喫茶店があり、そこへいこうということになったのだ。大正時代の歯科医院を改造したお店は、喫茶店には珍しく日当たりが抜群に良い。そこが撮影させていただいたポイントでもあったのだが、のんびりできて、遠くてもまたきたくなってしまう雰囲気がある。ごぶさたしていたマスター夫婦から、お店のお客さんが、知らずに『眠り姫』をみたら、お店がでていてビックリしたという話などをきかせてもらい盛り上がった。こうした出会いが私の人生を支えていると実感。街も探検できたし、今日はその幸せな気分を抱えたまま静かに終えたい。そう思っていた帰り道、事件はおこった。

交差点で、いきなり左から車が飛び出してきてぶつかってきた。その衝撃で車は右の車に接触。軽いものではあったが、三台の事故。間に挟まれた車は右も左もべっこり。もちろん相手の過失なので弁償してもらうが、そりゃあないよのトホホ気分。なんでよりによって今日なのよ!急遽入った夜の打ち合わせに間に合うように帰ったらこれだよ。事故の処理で遅れちゃってバタバタしたまま解散しなくちゃいけないし、しかも遅刻した打ち合わせもあまり上手くいかないというおまけ付き。三重丸のあとの三重苦。一年を振り返る時期だからってここまで充実しなくて良いんですけど。まあでもよく考えてみたら、確かに今年はそんな年でしたわ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年12月30日 (金)

平林「12人の優しい日本人どころではない」

三谷幸喜の「12人の優しい日本人」を渋谷パルコ劇場にて観劇した。プラチナチケットだからか、当日のキャンセル待ちの方がずらり。豪華出演人だけでなく、ロビーを見ると長塚圭史さんや、先日の山中君の舞台「ダブリンの鐘つきカビ人間」にご出演のラーメンズの片桐さんなどこちらも豪華。ロビーを埋め尽くす花の数も半端じゃない。さすが人気作家です。有名人大好きなミーハー平林は、ロビーを無意味にうろうろしはじめるしかない。

ところが、ここで知人にばったり。ユニットバス・シンドローム公開時に劇場にて写真展をやられていた、スワロウテイルなどのスチールカメラマンの方だ。しかし、名前が出てこない。とりあえず挨拶だけしてトイレにむかった。友人に電話するもつながらない。しかたない、メールだ。<あの写真展のカメラマンにバッタリ。お名前ウッカリ。終演までにメールされたし!>席につくと斜め前だった。ピンチ。これは劇どころではない。帰りに盛り上がって、飲みに行こう、なんて流れになったらまずい。もちろん、気持ちとしてはいきたい。しかし、名前をわからないということが気付かれたらことだ。メールがくることを祈るしかない。

やはりというか、劇に集中できなかった。劇中で名前ネタがあるたびに、現実の斜め前の席に目をやってしまう。そして、極度の疲労の中で終演。メールを確認すると、圏外になっていた。なぜだっ!ここは9階だぞっ!帰るにしても挨拶をせねば。もうやけくそだ、声をかけるしかない。「北島さん、お先に失礼します。」おおっ!口が勝手に思い出していた!すごいぞ、口。よくやった。歯に詰まった小骨が取れたらこんな感覚に違いない。三谷幸喜な展開を味わったということで、観劇したことにするしかない。そう自分にいいきかせて電車にのったら、メールがきた。<北島さんですよ。>遅いっ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月28日 (水)

平林「警察に出頭しました・・・」

二年前の「少年笹餅」(岩田ユキ監督)撮影時に、高速道路でスピード違反の写真をとられた。別の仕事があったので、遅れて一人、車で現地入りしたときのものだ。何度か出頭催促ハガキがきていたが、2年間無視していた。しかし、和泉元彌が駐車違反で逮捕されたのをきいて、動揺を隠せなくなった。元彌に似ていると何度もいわれたことがあったのも、逃げられないという思いに拍車をかけた。「私がやりました・・・」一人練習を終え、警察に電話をした。ところが、写真を撮られた群馬まで来いという。さすがに遠いので何とかならないかと相談したら、写真に写っているのが自分だと白状したら、家の近くでも良いといわれた。さすがデカだ。かけ引きを心得ている。私は練習しただけあって見事なタイミングでいった。「私がやりました・・・」

そして昨日。地元の警察署に出頭した。撮影のための道路使用許可をとりに行ったりで、慣れてはいるものの、さすがに事情が事情なので、ちょっと緊張気味。とはいえ、犯人になった気分は意外に楽しい。カツ丼的な流れを期待したが、中身は青島刑事よろしく、ただの役所仕事だった。ちっ。ところで、その撮られた写真ですけど、まあはっきり写ってましたよ。ぼくがどんだけ疲労していたかまでわかりましたからね。記念に写真をもらおうとしたら、断られました。あたりまえか。制限速度100キロのところを147キロ。罰金約10万。6点減点。免許停止30日。んー分割でおねがいします!

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2005年12月25日 (日)

平林「クリスマスには自分バトン」

友人の平野さんからまわってきました。その名も<自分バトン>。おもしろそうだ。テレビで女子フィギアをみて興奮気味なので、これをやって冷静になろう。

1、兄弟構成
6つ上に姉が一人。某化粧品会社で広報の仕事をしています。昔は演劇をしていて、職業をきくと、いまだに「女優よっ」とほざきます。10年後にぼくと会社を興して一発当てるのが夢らしい。あと3つ上に兄が一人。ただし、赤ちゃんの頃に亡くなってしまったために、会ったことがありません。なので現在は長男として扱われていますが、実は三人兄弟の末っ子というわけ。友人のKさん曰く、末っ子丸出しらしい。なぜわかったの?

2、何よりも一番大切なもの
まあ月並みですが、そりゃあ家族ですわ。両親、兄弟、嫁、子供、甥っ子。三つ目と四つ目はまだいませんけど。あと「人」ですね。人との関係というか。世の中は人間関係で成り立っていると思っています。一番といわれて6つも7つもいっている・・・まあいいか。

3、吐き気がするくらい許せないもの・事
ないかな。どんなものでも、どんな人でも、どんな考え方でもそこにいきつく理由があると考えるほうですね。いきなり100のことをいわれて理解できなくて許せなーい!となるよりかは、1~99を知ろうとしますね。そしたら共感はしなくても、ははーん、なるほど、この人の思考ではこうきたからこういう発言になるんだな。みたいな感じで、理解はできますね、たいていの場合は。とはいえ、ぼくも聖人ではないので、ちくしょーみたいなことも多々ありますけどね。

4、なんかくだらないもの・事
くだらないこと、大好きです。先日の我が家での、流しそうめん大会も開催した原動力は、これやったらくだらないだろうなあ、という思いがあったから。そうめんを流す竹にクリスマスの電飾をしたのも、同じ理由ですね。くだらないこと=おもしろいこと、という発想なので、仕事も日常生活もそこからスタートすることが多いです。というわけで、ぼくにとっては最高のホメ言葉です。

5、人間関係で重要な事・もの
相手を知ろうと努力すること。そしてそのためのコミュニケーションですか。自分から心を開いた結果として、相手の方に心を開いてもらいたいと思っているので、基本的に自分から興味を持った人にしかけますね。かなり積極的なほうだと思います。専門的な技術を持ち合わせていないので、仕事も日常生活もこれのみで、こなしている感じですね。とはいえ、自分とは真逆の、簡単には心を開かないちょっとクールなタイプの人が大好きです。実はとても魅力的なのに、そういうところをひけらかさないでいる、っていうぼくの反対といいますか。そういう人は、女性なら好きになるし、男性なら親友になります。信用できるからかな。
 
6、自分から見る自分
自分でいうのもバカみたいですが、かなり優しいです。山口によくいわるのが、「おまえほどの何にもできない無能な奴にあったことがない」というセリフ。そんなとき私は必ず言い返します。「確かにそうだけどさ、俺はすげえ優しいじゃないかっ!」そして必ず二人で爆笑。あとは、人に取り上げられるのが大好きです。前の日にあった人の日記とか覗いて、自分のことが書いてあったりすると、ニヤリとします。よく気を使って、Hさんが、とか書かれると本人に連絡をして、「平林になおしておいてくれる?」とかいいます。

7、バトンを渡す人
特別にまわしませんが、これは皆さんのを是非知りたい。興味ある方、御参戦あれ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年12月24日 (土)

平林「メリーじゃないぞ、クリスマス」

年末まで一歩も出ないつもりが、これでもかと細かな作業に追われている。ひー。でも撮影とかではないので、気持ちはゆるゆる。というか撮影中など大きな動きがあるときはどんなに緊張感の中で生きていたのかと、小心者の自分にがっくり。しかもちょっと時間があると、何をしていいのかわからず、結果的に何もしないで終わるという最悪な結末を迎えることもしばしば。んー自分バッシング。いろいろあって、昨日からなんだかそんな気分で。基本的にネアカなんですけど、ネクラが顔をだしているみたい。ちょっとしたことで天国いったり地獄にいったり、中学生の女の子みたいだな。

・・・あれ、もしかしたらクリスマス時期だからかも。数年前に彼女と別れたのがクリスマスだったのだ。しかも「ユニットバス・シンドローム」撮影中。それ以来、なんとなくトラウマというか、やっぱりあるのかな。聖なる夜の喜びよりも、冬のせつなさが先にきちゃう感じといいましょうか。いったい何を書いてるんだ。まあそんな日もあるか。というわけで、皆さん、メリーじゃないクリスマス。英語よくわからないんですけど、メリーってなんなのかな?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月19日 (月)

平林「言葉のいらない海」

昨日は友人と4人で、ドライブだった。最近、いろいろ大変な友人に海をみせて、リフレッシュしてもらおうと企画したもの。場所は、「ユニットバス・シンドローム」「ホッテントットエプロン-スケッチ」の撮影でおなじみの勝浦にある守谷海岸。白い砂浜にはごみもなく、人もいない。ただ波の音がしているだけ。あまりの美しさに言葉を失い、ただ黙っている僕たち。一年の終わりにこうした場所にこられたのは、二つの作品が表に出はじめた年だっただけに、余計にぐっときた。なーんて、感傷に浸っていても腹は減る。

さっそく勝浦の海の幸をこれでもかと堪能。カサゴのから揚げ、キンメダイの煮付け、刺身の盛り合わせ、コガニの味噌汁。さっきまで、腹が減って死んだ魚のような顔をしていた北田さんは、ビールと魚を食べた途端に、顔を紅潮させてよみがえった。お前って奴は・・・。撮影だとご当地モノを堪能する機会はあまりありませんからね。お土産には、落花生と塩辛。この塩辛、撮影中に食べておいしかったあれですよ、七里組の皆さん!わざわざあのスーパーまで買いにいっちゃいましたよ。

車の中ではほぼ「くるり」。『ジョゼと虎と魚たち』の主題歌は、みんながもってきた自分ベスト盤の中に入っているものだから、5回はきいたかな。まあドライブに合うのなんのって。それにしてもぼくの仲間たちに、くるりが及ぼしている影響ってあまりにすごいな。まー、そんなこんなであっという間に東京、渋谷。帰ってきたら5分で爆睡しちゃった。だってこの数日間、異常に濃かったんだもん。楽しすぎた。しばらくはひきこもります、ハイ。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年12月18日 (日)

平林「そうめんの下には皆、平等。」

という、へんてこな題名をつけた、流しそうめんパーティを我が家で催しました。それは、友人の迫田君とぼくの仕事仲間を中心にした、いつ来てもいつ帰ってもよい、という気軽なもの。だからでしょうか、50人を越す人たちの中には「友達の会社の同僚の彼氏」など、この会が無ければ永遠にあわなそうな人たちもチラホラ。最後のほうは足の踏み場もなくなり、誰が来てるかわからなくなりました。ということは、来ていた人たちは初対面の人たちだらけでもっとわけわからん!だったはずです。しかし不思議なもので、流しそうめんをやったあとは、共通体験をしたからでしょうか、知らない者通し話し始めるなんてことも多々ありました。

とはいえ、悔しいことも二つありまして。一つは、「思い出流し」ができなかったこと。サヨナラしたい思い出を紙に書き、そうめんのかわりに水で流すというものです。盛り上がると思ったんですが、人が多すぎて、手がまわりませんでした。そしてもう一つ。状況を予想して買ってきたそうめんと餃子の皮が、足りなくて途中に買出しにいったんですよ。ところが、みんなが帰った後、掃除をしていたら、前に買った物が出てきて、しかも、もし使っていたら丁度よい量だったことです。これは段取り好きからしたら、実にくやしいっ。予想した通りになる快感といったらないのに、それを逃したなんて!

まあそんなことはどうでもいいか。楽しかったんですから。私の母がボソッとあきれていってました。「この子は幼稚園の頃からこんなバカなことばかりしている・・・」この際、聞こえなかったふりをします。楽しかったんですから。前日に準備不足の息子に我慢できなくなり、父は仕事を半休し、流しそうめんセットつくりに参加。結果、腰を痛めました。母は早朝から料理を血まなこになって作り、息子の段取りの欠点を指摘し、私に任せろと動き続けました。そして、夜。ついに準備は完了し、家族三人で、竹に水を流し、うまくいったときには盛り上がりました。息子29歳。父65歳。母59歳。いったい何をしてるんでしょう。人好き、笑い好き、祭り好きのオバカトリオ。まあいいか。楽しかったんですから。

追伸:迫田、栗原、そんくんをはじめ、皆さんのご協力に感謝感激。またやろうね。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年12月16日 (金)

平林「はじめてのゲッテルフンケン」

前回の日記に書いたベートーヴェンの第9「喜びのうた」だが、私はドイツ語でうたいあげることが出来る。というのも、卒業した中高が、ドイツ系の学校だったからだ。始業式や卒業式など事あるごとに歌わなければならず、もはや体に刷り込まれている。必ず盛り上がるので、何かと歌って自慢している私だが、先日は相手も歌えるという予想だにしない展開になり、夜中に電話でワンフレーズづつ歌うという<はじめての経験>をした。フロイデ、シェーネル、ゲッテルフンケン・・・。で、今日は、はじめての経験、ということを大人になってから大切にするようにしている、という話。

というのも、私は外食はいつも生姜焼き定食、気に入った洋服は毎日着たりと昔から違う喜びや刺激よりも、同じ安心感を求めて生きてきた。小さい頃からなので、今でもそれはかわらない。しかし、大人になり、特に映画づくりという仕事をしていくと、知らないことに直面せざるを得ない状況に多々ぶつかるようになる。そこでは自分の意志とは裏腹に自分の考えの枠内からはみ出たことを受け入れざるを得ない。とはいえ、否定的な言い回しをしたが、一度としてやらなければよかったと思ったことはない。それどころか、その新たな経験が、自分の可能性を広げてくれることばかり。もちろんそこに至るまではつらく悲しいことも多い。しかしその分、得られるものははかりしれないのだ。だから、私は人との出会いを大切にしていきたいと思う。その人の大切なものが、私の知らないものだとしたら、それは私の人生の豊かさをふくらませてくれるだろうから。自分一人なんてちっぽけなものだもの。

さて、明日は我が家で季節はずれの流しそうめん。いろんな偶然が重なり、50人程が集まる予定。もちろん初めての経験だ。初めて会う人もいるみたい。準備ははじめてみると、竹を割ったり、なんだかんだで実に大変。でもその分、明日は楽しいだろうな。なんて想いにふけっているヒマは無かった。この調子じゃ、みんなが来るまでに準備が終わらん。まあ喜びのうたを口ずさみながら、あせらずやるとするか。フロイデ、シェーネル、ゲッテルフンケン・・・。このブログを読んでくれている同級生のわたなべくん、君はまだ歌えるかい?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月13日 (火)

平林「ベートーベン第9を楽しむ」

私の叔母は、毎年クリスマスの時期になると、川崎市のベートーベン第9、喜びのうたのコンサートに出演する。そして、それをおじさんと聴きに行くのが、12月の恒例行事になっている。オーケストラ約100人、合唱団約250人。毎年のことだとはいえ、圧巻だ。最近は、毎年、微妙に違うアレンジになっているのを楽しめるようになってきた。しかも弦楽器の構成にまで目をむけるようになってきたのだから、我ながらすごい。これも作曲家・侘美さんとお付き合いしているうちにおぼえた感覚だ。侘美さん、ありがとう。

というのも、はじめの数年は、はじまったとたんに爆睡し、ラスト5分のピークの大合唱と共に目が覚めるという方式で乗り切っていたからだ。感想を聞かれると、叔母の最後の表情から推測して、「なかなか良かったが、ちょっと緊張してたみたいだね」、と誰にでも当てはまる答えをそれっぽくいってこなしていた。しかし、今年も全部聞いていたのに、「なかなかよかったが、ちょっと緊張してたみたいだね」、といっていた。叔母の動きだけは毎年、同じだったのだった。さてさて、そろそろクリスマス。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年12月11日 (日)

平林「愛知日帰りは無茶だと知った。」

七里圭監督の最新作のお披露目上映のために、愛知芸術文化センターにいった。スタッフを連れて車2台での小旅行だ。朝6時に家を出て、着いたのは昼の12時。仕事柄、長距離の車移動は得意だが、名古屋は遠すぎる!とはいえ、万博の影響か、名古屋は近未来都市かのごとくきらびやか。わざわざ来た甲斐があるってもんです。そして「ホッテントットエプロン-スケッチ」上映スタート。上映環境は最高とはいえないものだったが、お客さんにお見せできる所までいったことに素直に感動した。いわゆる実験芸術映画なので、人を選ぶ作品ではあるが、ある種の人たちには確実に衝撃を与えうる作品になったと思う。

上映後はなぜか私もトークショーに参加。監督の話を必死にメモをとる人たちもいたが、ぼくのコメントでは全く手を動かしていなかった。ちぇ。最後は、監督のおごりで名物の名古屋コーチン入り味噌煮込みうどんをふーふーいいながらがっつく。すこぶるうまい。よくみると、名古屋に主要スタッフのほとんどが集結していた。長くつらいこれまでの日々を想い、感慨深い。映画って実は、これからが大変なのだが、とはいえ、ここが一つの区切りになるのも確か。この経験を踏まえ、自分はどう成長したのだろうか。あるいはしてないのか。考えようと思ったが、それどこじゃなかった。とりあえず帰りの車だ。そんなこんなで自宅に着いたのは午前1時。いくらなんでも日帰りは無茶だよ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年12月 9日 (金)

平林「電化製品総とっかえ」

我が家のありとあらゆる電化製品が壊れている。10年以上使っているものばかりだから寿命なのだ。面倒くさいので放置してきたが、生活に支障をきたすようになってきたので、思い切って全部買いかえることにした。とはいえ、現在の電化製品市場がどういうことになっているのかわからないので、両親と三人で川崎のヨドバシカメラまで下見に行った。

いやはや何といいますか、三人ともキョトンですよ。宇宙にきているんじゃないかというほど、ハイテクでハイカラですわ。しかもその内容というか、理屈はスペイン語を聞いているかのごとく、わけわかりまへん。値段設定も高いのか安いのか。とりあえず、いろいろ目星をつけて帰宅。精神的な疲労の中で、テレビについては10年以上使えるいいものにしたいと両親。「37型のテレビ、上限30万円」とだけ決めた。ホントはどれも35万くらいしたから、小さくするか安くさせるかしかないのだが。

そして、1週間後。するとなんと一台だけありました、特価製品。パナソニック37型プラズマテレビが24万8千円。いきなりクリア。しかし、うまくできてるというか、最近のテレビって、薄いから専用の台を買わなきゃいけないんですよ。1万5千円。まあしかたあるまい。ところがここから逆に凄かった。その日はパナソニックフェア。まずは本体8千円引き。加えて専用台はなんと100円になった。しかもヨドバシカメラ特有の10%還元が20%に。つまりはこうだ。下見の時に買っていたら総額36万5千円が、約19万円の扱いになったのだ。半額ですよ。それだけじゃない。抽選でパナソニックバック、メモ帳、結婚式でもらう好きなのを選んでいいギフト券ももらった。なんというか、うれしいが複雑な気分。物の価値っていったい・・・

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年12月 7日 (水)

平林「おばあちゃん」

山田太一の話にこんなのがある。「会う人会う人がみんな、自分のおじいちゃんは笠智衆(小津安二郎などの映画でおなじみの名優)にそっくりだ、という。しかし実際あってみるとまるで似てないのだ。おそらく皆、重ね合わせているのだろう。」

日本のおばあちゃんとして長期単独政権だった原ひさ子さんが亡くなった。そういえば優しいおばあちゃんというと、この人を思い浮かべてしまう。最近、母とおばあちゃんの話をしていたので、不謹慎な話だが、いつかきてしまう別れを想像してしまい、胸がつまった。しかも、ぼくが渡した手紙を今でも大切にもっているらしいというエピソードを聞いたもんだから、もはや頭の中ではもはやあと数日で・・・という気分になってきた。

しかし昨晩、おばあちゃんの家から帰宅した母からは違うエピソードが。ちょうど、仲間の数人と、ちぎり絵の個展をしているおばあちゃんは、仲間の作品に触発されて、新作を作る意欲で満々らしい。そういえば、この間の食事でも食いすぎだろうというくらい食欲旺盛だった。こいつはしばらく、くたばりそうもない。大野伊代92歳。なんとなく携帯の待ち受け画面を伊代にしてみた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月 6日 (火)

平林「ホッテントットエプロン」

愛知県には、愛知芸術文化センターというあらゆる芸術活動の拠点となるような巨大な建物があります。そこでは、毎年一作品の映像を制作していて、今回は私の師匠、七里圭監督が選出されました。その作品の初披露の場として、第10回アートフィルム・フェスティバルの新作プレミア上映という形で、愛知芸術文化センター12階のアートスペースAで発表されます。作品名は「ホッテントットエプロン-スケッチ」。新柵未成さんの原作のエッセンスを抽出したというか、まさにスケッチした実験精神あふれる芸術映画です。わたしがこの数ヶ月間をまるまる捧げてきただけあって、誰も見たことがない唯一無二の映画になりました。といっても何のことやらというあなた。ぜひ、騙されたと思って体感あれ!

http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/jishyu/2005/eizo/niki.html

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年12月 5日 (月)

平林「十二月土曜の夜の歌舞伎町」

ユニットバス・シンドローム出演者、諌山幸治くんの舞台を観劇しに新宿へ出向いた。主演の山中崇くんの親友役で、出演してもらった彼だが、実生活でも親友である。というわけで、山中くん含め四人で観ました。劇中、カーテンの裏で、おしっこをコップにしちゃうというおもしろいシーンがあるのだが、後で聞いたら、実際にしていたそうだ。それだけが理由ではないが、役者として確実に成長している彼は輝いていた、と山中くんと盛り上がった。

さて、何を食べて帰ろうかと話していたら、山中くんがいいはなった。「しゃぶしゃぶが絶対、食べたい。」ものすごい具体的で、他のアイデアをいう隙間を与えない。食事中にしきりに彼が言う「夢や希望は口にだして言いつづけるべきだ」という格言はしゃぶしゃぶしちゃっている状況を考えると、実に説得力があった。

十二月土曜日の夜の新宿歌舞伎町。人とネオンがはんぱじゃない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月 3日 (土)

平林「テリー&アニー伊藤」

市川準監督最新作「あおげば尊し」(原作:重松清、出演:テリー伊藤、薬師丸ひろ子、麻生美代子→サザエさんでオフネさんの声をしていた方、加藤武、)の試写を観てきました。涙が止まりませんでした。実にいい映画です。詳しい内容や、感想はいいません。ぜひ、劇場にて観ていただきたい。なんなら、ご一緒します。http://www.aogeba.com

前作の「トニー滝谷」ではあまりの素晴らしさに二度劇場に足を運んでしまった。そんな経緯があるからか今作は異常なまでの期待をしていた。ユニットバス・シンドローム主演の山中崇くんも出ていたし、テリー伊藤が小学校の教師役というのも興味が湧いていた。それだけに良かった感動は大きい。でも映画観て泣いちゃうなんてホントひさしぶり。いやあこの余韻にいつまでもひたっていたい。

しかし、だ。試写室には主演のテリー伊藤の兄、アニー伊藤がいた。築地で玉子焼き屋を営んでいる彼だが、見た目はやくざの親分だ。ちなみに、そのパンチパーマは玉子焼きには関係ない。しかもTBSの情報番組、「サンデージャポン」の取材が入っていた。取材を受けるアニーエッグ。「いやあ~テルオ!お前は銀幕スターになったんだなあ。父ちゃんも草葉の陰から見守ってるよ!」声は異常なほどでかい。しかも試写室の入口でやってるもんだから、外にいけない。あっという間に私の感動モードはきえていく。絶対、おまえの玉子焼きを食べないからな!そう心に誓う以外、私にできることは何もなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年12月 1日 (木)

平林「実に有意義な一日」

今日は、朝から赤坂、赤坂見附、六本木、広尾、恵比寿、渋谷、新宿、下北沢と8個の用事をこなしていった。まるで忙しいビジネスマンのようだが、家を出る用事をまとめてしまおうと横着したのが原因。さすがにまとめ過ぎたかと中盤に弱気になったが、なかなかどうして、見事に予定時間ごとにこなしていくのは実に快感だ。後半になってくると、それをしている自分に酔ってくる。俺って、さすが。最後は沖縄料理店で、そんな自分へのご褒美のような楽しい食事にいそしむ。美味しいお酒、料理、会話、雰囲気。どれをとっても満足。三年に一回くらいある実に有意義な一日だ。名残惜しいが、今日は帰ろうかな。時計を見ると夜中の二時。自分に酔ってたら夜中になってしまった。今日に限っては、そんなちょっぴり抜けている自分を許してしまう。なんてナルシスティック!まあでもいいか。たまにこんな日があると、また明日もがんばるぞーなんてめずらしくポジティブシィンキング!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »