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2005年6月29日 (水)

山口「公開まで」…2

公開まであと18日。
学生の時からの友人に子供が生まれたのは半年前。この「ユニットバス」の公開の準備や、もろもろな事情により、この半年お祝いが今日まで出来なかった。かわいい男の子で、親はもちろん、近くに住んでいるその親達(ジジとババ)も溺愛している。ババ曰く、「自分の子の時は必死で育てるから、ゆっくりとかわいがる時間はなかった」のだと。さらに、孫の頬に触れながら可愛がっていると、自分の子供ともこんなことしたなぁ、と思い出すらしい。孫が出来るまで、自分の子供とのそういう思い出は忘れているという。
「ユニットバス・シンドローム」に出てくる両親も自分の子供を可愛がったであろう様子を、うまく思い出せないのかもしれない。架空の話とはいえ、僕はシノハラを死なせてしまった。というより、いないところからこの話は始まる。残酷なことをしたな。孫を可愛がるおばさんを見ながらそんなことを考えたりした。
シノハラの両親が自分の子供たちを可愛がってた様子を、はっきりと思い出すのは、シノハラ弟に子供ができたときかもしれない。

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2005年6月27日 (月)

平林「交渉人 古山憲太郎」

今日は、七里圭監督作品「眠り姫」という映画でご一緒した、作曲家・侘美秀俊さんと打ち合わせ。「眠り姫」が終わったら一緒に観にいこうと約束していたので、仕事の前に、「交渉人 真下正義」をみました。いやあ、おもしろかった。ぼくは仕事で、いわゆる交渉をすることが多いということもあり、ユースケサンタマリアに共感しちゃったなあ。なんて。実はこの映画、「ユニットバス・シンドローム」にも出演している古山憲太郎さんもでているのです。かなりいい役ででまくっていました。ユースケサンタマリアの交渉人チームの一員です。やはり彼は真面目な実直の役を演じるとキラリと光ります。まあ、彼が出演したすべての映画が、日本映画の規模のほぼ最小とほぼ最大のこの2本だというのをご本人に聞いた時はのけぞりましたが。 映画は意外にもクラシック音楽がネタになっていまして。そうなると当然、作曲家の侘美さんはだまっちゃいません!→ http://www.linkclub.or.jp/~takumi/

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2005年6月24日 (金)

平林「勝俣幸子誕生日」

という訳でして、本日、主演の勝俣幸子さん23歳の誕生日です。わーい。先日、勝俣さんから、やっとこの映画の主人公と同じ年齢になるんです、といわれました。とっても感慨深いです。だって、出会った頃はまだ20才だったんですから。

主演女優のオーディションをしたのは2002年。とはいえ、山口監督と私の頭の中には具体的なビジュアルをイメージできず、いったいどんな人にすればいいのか、まったく見当がつきませんでした。しかし、プロデューサーとして、少し知名度がある方で決めたいと内容とは別の部分での思惑はもっていました。

そして、オーディションがはじまり、勝俣さんが会場に入ってきました。まさにそこには、主人公のシノハラがいたのです。透き通るような透明感、女優としての華はもちろん、おばけとしての微妙な存在感もピッタリ。唯一、気になった所は事務所に入ってのはじめてのオーディションだったということ。つまり、全く知名度がないという点でした。しかし、監督の一言で迷いは吹き飛びます。「ぼくは、勝俣さんでいきたい」

結果からいうと、オーディションのときの格好で出演してもらいましたし、すべてにおいて彼女しか考えられませんでした。それどころか、私たちと彼女は、この映画がはじめての経験ばかり。今では一緒に戦った戦友という気持ちです。その後、話題の映画、CM、プロモーションビデオと活躍の場を広げているのは嬉しい限り。そんな彼女が23年前の今日、産まれたんですから。今日はホントにめでたいです。おめでとう!

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2005年6月21日 (火)

山口「公開まで」…1

公開まであと25日。 中野ゼロで完成披露試写会を行ってからどれぐらい経っただろう、と思いながらもう一度、「ユニットバス…」を見直す。うーん…。先日、劇場の支配人にこう聞かれた「みなさんに観てほしいところはどこですか?」僕は即答できず。監督がこれでは…と軽く自己嫌悪。完成から時間が経ったからではなく、こういうことにうまく答えるのは苦手だ。 「観てほしいところ」 全部観てほしいし、それで何かを感じてもらえたらうれしい…でもこれじゃ、ダメなのかも。もっと具体的に。多分、この本を書き始めたきっかけがそれだ!と思い、過去のノートをみる。撮影を担当した「スモウな彼女」の字コンテや結局、撮影しなかった映画「うさぎのとき」の改稿案やらの間に「ユニットバス…」の原点発見。 いつもの汚い字…「サプライズ」…初めのタイトルはこれだった。次に「部屋のユニットバスの天井にいる幽霊の男」…勝俣幸子さんが演じてくれた幽霊は初めは男だった。次にはこう書かれていた「彼は自ら命を絶ったこと(交通事故で死ぬこと)を別に良いと強がっている。人はどうせ死ぬんだ。」 多くの人もそうであるように「死ぬ」とうことにやはり何かあるらしい。初めて脚本を書き、監督をした短編映画「きれいにするとこからはじめよう。」もそうだ。 その後メモは「家族」「一人暮らしの理由」「田舎の実家」「ビックリパーティ」「彼女」「誕生日に死ぬ」等とつづく。 「観てほしいところ」は、多分そういうところだと思います。

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平林「ミュージックバトン」

なんか友人の北田さん、今西さん、栗原さんよりまわってきました。最近、ネット上で流行っているアンケートに答えるものみたいです。さっそく質問にこたえなきゃ。サントラでまとめてみました。

Q1 コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量→まったくはいってません!だって私のパソコンの知識、ダブルクリック止まりですからっ、残念!(ひさしぶりでしょ?斬りっ!)

Q2 今聞いている曲→「恋に落ちたシェイクスピア」のサントラ。これ、映画もサントラも傑作なんです。私、愛し合っているのに別れなきゃいけないという映画が大好物でして。ふられているのに仕方がなかったんだと自分と勝手に重ね合わせるのです。ちなみに邦画の「秘密」もこの部類に入ります。「オペラ座の怪人」もギリギリOKです。

Q3 最後に買ったCD→知人が先日までユーロスペースで公開していた「永遠のハバナ」のサントラ。これまた傑作。キューバの庶民の日常をおったセミドキュメンタリーなんですけど、いわゆる取材してよかったことを素人の人にもう一回やってもらって、劇映画みたいに最高のアングルで再撮影したものなんです。オチで涙ドバーなんですが、観て欲しいのでいいません。

Q4 よく聞く、または特別な思い入れのある5曲→5曲に絞れるわけないだろと思いながら、①忌野清志郎「119」私が映画の世界に入りたいと思った竹中直人監督作品のサントラ。同じカメラマン、照明マンだったので岩田ユキ監督の「おさげの本棚」では思い出作りでエロ本を万引きするサラリーマン役で出演しました。②久石譲「ソナチネ」初の観賞後、動けなくなった映画。サントラにも衝撃。北野武の第4作目。当時、あまりの不入りに一週間で打ち切られた不朽の傑作。なのでビデオで観ました。あまりの衝撃に一緒に借りたAVを観ないで返しました。③侘美秀俊「のんきな姉さん」一緒に仕事をよくする作曲家ですが、この人ホントに天才です。他のも名曲ぞろいですが、このサントラ、かなりいいのに全然売れませんでした。在庫が我が家にあります。買ってください。④茂野雅道「まぶだち」当時、古厩監督は、俺の次回作のタイトルはずばり、まぶだちだっ!といっており、つまらないと思っていたら傑作で、音楽も最高だった。サントラにサインをしてもらいました。かっこいい古厩さんは最近、おしゃれにも拍車がかかり、もはや反町よりもかっこよくなってしまった・・・。⑤REMEDIOS「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」岩井俊二爆発。サントラでも泣けるんだよね。これ、女の子と一緒に聞くといい感じになるので、これ流したら、私、口説く気200%です。

いやあ、これ、おもしろいわ。

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2005年6月20日 (月)

平林「山中崇と岡本太郎」

この映画の撮影は、ぼくの絵描きの叔母さんがアトリエとして使っているマンションの一室を使用しました。芸術家の岡本太郎を敬愛してやまない山中君は、本棚にズラリと並ぶ岡本太郎関連の本にくいつき、「岡本太郎好きなんですか?」「好きも何も先生のとこで働いていたから。」「なんですって!!!」

という訳で2年前に叔母に連れられて、ぼくと山中君は青山にある岡本太郎美術館へ。生前の住居を美術館に改装したもので、すごいの一言。特別に入れてもらったアトリエスペースはもう言葉にできません。だって、作品やら道具やらそのまま残ってるんですから。そして念願の奥様(というのは正しくないかもしれません。結婚という形ではなく、戸籍上は養女としていらっしゃるようなので。)の岡本敏子さんにお会いしました。なんといったらよいのでしょう、岡本太郎さんと話している感覚。となりにいるかのようにお話される姿は二人で一人なんだとしか思えなかった。「じゃあどんな話をしましょうか。」「あまりに会いたいと思っていたので何を話したいかまで考えていませんでした・・・」「そうね、会えたらそれでいいわね。ふふふ。」

そして、一昨日。数週間前に亡くなった敏子さんは葬儀を行わないということで「岡本敏子と語る会」に山中くんと出席しました。その帰り道、「いつも持ち歩いている」と手帳から何かをとりだす山中くん。それは敏子さんとぼくらが並んだ写真。きっと山中君にとって大切な出会いだったんだろうなあ。だってメチャクチャいい顔してるんですから。

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2005年6月18日 (土)

平林「マスコミ試写」

映画を公開するときに、新聞、雑誌などマスコミの方や、映画ライターの方に映画を観てもらう試写会をマスコミ試写といいます。気に入ってくださった方に、記事にしてくださいと頼むものなのですが、この映画も、先日、3回行ないました。よく考えてみれば、まったくの他人の方に映画をみてもらうことって、ここが初めてなんですよね。もうフルチンをみられる気分。観おわった会場からでてくる表情をみては、気に入ってくれたのか、気に入らなかったのか考えてしまいます。しょっぱい顔でそそくさと帰られたときなんて、ショックなんてもんじゃありませんよ。ああ、この数年間はなんだったのか、なんてね。そんな中、あるライターさんからたった今、メールをいただきました。その方のHPに感想がアップされてるとのこと。実はそそくさと帰ってしまったのを見ていたものですから、ちょっと気が進みませんでした。ところが、そこにはなが~い感想が実に掘り下げて書いてあるじゃないですか。良かったとか、悪かったとかではなく、その中身について感じたこと、考えたことを書いてくれたのです。もう感激で言葉を失いました。他のハリウッド映画とかと同じように一本の映画として接してくれたのもうれしかったし、なにより映画ってそうやってみるんだよね、とあたりまえのことに気付かせてくれたんです。ああつくってよかった。だからやめられないんです、映画って。

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2005年6月16日 (木)

山口「魔の五日間」

撮影現場は基本楽しかったけど、撮影初日からの連続5日間の撮影だけは、キツかった。撮影の初日っていうのは、比較的楽な撮影から入りたいものなんだけど、あのときはそうもいかず。それに準備不足が重なって、撮影しては、その夜に次の日の打ち合わせ、撮影して打ち合わせ、撮影して打ち合わせ…が続いた。もちろんメインスタッフは家には帰らず、現場近くのデニーズで打ち合わせ、山口宅で仮眠をとった。が、ほとんど寝ていない。4日目だったか…その日はデニーズには行かず、山口宅で打ち合わせ。打ち合わせがはじまるやいなや、「多田=カレー好き=正悟カメラマン」が、就寝。ほとんど同時にあの「森元=タフネス=智典録音マン」までも、就寝。その頃、「平林=父ジャガいも=勉P」は、すでにかなりの寝不足で帰宅するも、途中我慢できず、自宅近くの道に車を止め、就寝。それが祟って、持病のヘルニア再発していたのだった。残るメインスタッフは「中澤=素=佑君助監督」ただ一人。みんな寝てる中、まつ毛の長い佑君は香盤表を作成。僕は明日の撮影シーンを確認しようとシナリオに一度目を落とし、再び佑君の長いまつ毛を確認しようと目をやると、その上下にある長いまつ毛は重なり合い、絡み合い、そのまつ毛達の根本に位置する、佑君のクッキリ二重まぶたはすっかり…それでいて、しっかりと閉じ、そのため佑君の少年のようなその瞳は100%見えなかったんだ…少なくとも僕には。そう、彼もまた就寝したのだ…熟睡である。しかし嬉しかったのは、その佑君の筋肉質の両腕には、書きかけの香盤表と鉛筆が握られていたのだ…しかも2本も。
それぐらい「死にそう」というか「眠かった」。
本当、関わってくれたみんなに感謝です。

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平林「山中くん」

そういえば、山口とぼくにとって主演の山中君の存在は大きいですね。山口の初映画の短編『きれいにするとこからはじめよう。』ででてもらったのが初めての出会い。知人の紹介で会って、現場で演技してもらったときは、その演技力にびっくりしました。うわあ、この人、天才だ、と。その後、彼の舞台を観にいって、またびっくり。こんなすごい人にでてもらったのか・・・。だから山口とユニットバス~をつくるときには、山中くんが有名になりだしてきたもんだから、早くつくらないと出てもらえなくなる!と、あせった記憶があります。だからOKもらったときはホッとしましたね。

さて、日記なので近況の方も。先日、中島哲也監督の最新作『嫌われ松子の一生』の現場に差し入れをもっていってきました。最近、少数精鋭の映画の現場と、宣伝などのデスクワークばかりで、いわゆる撮影現場!という環境から遠ざかっていたもので、とても刺激的でした。友人たちは死にそうな顔で仕事をしていましたよ。ユニットバス~の現場も死にそうだったなあ。山口君、どのくらい死にそうだったっけ?

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2005年6月15日 (水)

山口「うん、いいんじゃないかな、平林君」

思い出話と現在進行形の話を思いつくまま綴っていきます。
そうだった…はじめはただのアイデア書きだったような気がするな。しかも最初はいまいちな感じで、シナリオの直しは結構したと思うなぁ。それが、もう4年前!?…劇場でながせることを思うと、長かったのか短いのか。

主演の山中崇くんが最近言ってました、「若い」って。
自分がって言うことだけじゃなくて、いろいろと若い…確かに。
でも「あのときしかできなかったことかもしれない」とも言ってた…確かに。
あのときの全力が、観に来てくれる方たちにどれくらい届くのか?
とにかくたくさんの人達が観に来てくれるといいなぁ。すごくいい!
ねぇ、平林君、そのへんどうだろう?

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2005年6月14日 (火)

平林「ようやく!」

題名にようやく!ってつけちゃいました。そりゃあ、無理もありません。だって、この映画、撮影したの3年前の冬ですから。思えば監督の山口と短編映画をつくったあとに、もう一本つくろうと話していたのは、さらにさかのぼること1年くらい前かな。撮るはずだった映画が流れ、次の企画として考えた、監督の2枚のアイデア書き。監督がとても押していた企画があったのですが、ちょっと思いついちゃったというもう一枚の紙。ぼくはそこにすごい可能性を感じました。それが、この『ユニットバス・シンドローム』なのです。良いところも、悪い所もひっくるめて愛すべき作品。たくさんの人に観てもらいたい、そんな思いを抱きながら、監督の山口とプロデューサーの私、平林は、思い出話と現在進行形の話を思いつくまま綴っていきます。ねえ山口君、そうしていくのはどうだろう?

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